はじめに

ここは寮歌集の入り口ですが、最初に 以下の文章をお読みください。

 収録範囲

 この寮歌集は、旧制高等學校ならび、専門學校の寮歌を集めたものです。またこれらに関係するいくつかの歌も収録しています。した がいまして、戦後新制大学等の歌は原則として収録対象としていません。また他に収録しない寮歌もありますが、それについては後述します。

 資料

 資料は、各高等學校、同窓会等により出版された寮歌集等を基本資料としています。どの資料、どこで収録したかは各学校毎に掲載し ています。なお、各資料の情報について、存在の有無と一般に公開されているものかどうかについては情報を提供できますが、所在場所などについては情報を提 供いたしません。これはその資料が散逸することを防ぐためです。

 寮歌の著作 権

 寮歌は音楽の一種になりますので、当然な がら著作権法に定める諸権利が適用されますので、その基本である作者死後五十年を経 過しないと権利は公開はされないわけです。しかし事態はそう簡単ではなく、相当混乱をきたしているように思えますので、すこしこの問題を整理したいと思い ます。またこの著作権については、長谷さんの寮歌の極小部屋(消 滅)に も記されていました。

 まず、「嗚 呼玉杯」を例にしてみます。私の知る限 りこの歌には原譜を含め、四種類の譜が確認されています。当然に原譜に著作権は適用されるわけですが、他の譜にははたして二次著作権が適用されるのでしょ うか。というのは他の三譜はおそらく自然発生したものであり、だれが作ったのか特定ができないのです。
 このことは、特に音楽会社が作った本や蓄音盤等が絡むときにやっか いとなります。というのもこれらのたぐいは、大抵が適当に編曲(変曲といった方が正しい場合もある)しており、およそ元々の譜、詩が作意が尊重されている とはあまり言い難いので す。こんなものに著作権を主張されたらたまったものではありません(そもそも収録する気にすらなりませんが)。

 さて、お
おもとの原譜、原詩ですが、これは当然なが ら作詞作曲者本人が有することに間違いはないものと思われます。しかしながら、当の 作者が権利の概念を認識していなかったり、また遺族の方々も同様であったり、事 実上行使されていない場合もあります。場合によっては遺族の方が、そのような権利があ ることを全く知らない場合もあります。
 また、これは官立の學校に多くあてはまるのですが、
消滅した学校に 関する歌は全て文部科学省または事務関係を引き継いだ各独立行政法人が所有するとおもわれますが、国が国民に対して著作権を行使する例は聞 いたことがあり ません(権利そのものは規定として存在はしている)。しかも、作成された当時の一般慣習として、その所有権は寮または學校に移っているわけですから、考え 方によっては、寮歌には全て著作権が及ばない、ということになってくるのです。

 では今のところ実際に権利関係はどうなっているでしょうか。 まず本や蓄音盤等についてはその版元の音楽会社が出版権を有しているでしょう。また著作者から代理として委任されたと称している日本著作権協会(但し称し ていることと実際の権利の有無は異なります)になります。また記の慣習から 各學校の同窓会が権利を主張している場合があります。もっとも出身校の歌をその関係者が歌っている分には、特別な関係として著作権の問題はないという見方 はあります。

 ただこの同窓会ですが、私が第二高等学校の関係者の方々から伺った ところでは、権利云々という問題ではない由の言をいただいており、また寮の極小部屋においても、それに近い主旨のことが北大卒生の 方の言としてあることから、著作権を行使することはあまりないのでは、と考えています。

 著作権に対する対応

 著作権については以上のようなことになるわけですが、これらをふまえて、当分の間この寮歌集としては、以下にようにすることとし ます。
  1.  現行の著作権法により権利が発生しており、かつ著作権の行使が行われている事が確実であるもの。これ らについては収録をしません。
  2.  ただし音楽会社等が著作権を有している場合で、それが元々の原典または現行の歌われ方と異なっている場合 は、異なっている部分について、その権利の存在を無視します。
  3.  上記のうち、作詞者あるいは作曲者片方について権利が行使されている場合、それのみを収録しないこと とします。

 寮歌の人格権

 次に寮歌の人格権についてふれます。これはある意味著作権より始末が悪いともいえます。
 戦前、北海道でとあるジャズ楽団が、「都ぞ弥生」をジャズ風に編曲して演奏したところ、寮生の怒りに触れ演奏中止に追い込まれた と事件がありました。ここで問題視されたのは「都ぞ弥生」を断りなく演奏したことではなく、ジャズ風に編曲し「都ぞ弥生」を汚したことでした。この事件は 寮歌について語る上で注意しなければならないと思います。また関係者によっては寮歌は旧制高校の卒業生のものであって、商業化されていることに必ずしも支 持はしていないという節もあります。

 また次のことも指摘しなければなりません。旧制高校は戦後消滅しましたが、その寮は戦後新制大学に移管され、その空間は連続して存在しています。多くの 學校において、最後の卒業生と、新大一年生は同じ寮にいました。したがって寮単位で人格権は継承されていることは想像できるわけです。

 このため、収録にあたって上記のほか次の制限を加えています。

  1. 旧制高校以来の寮が今も存在し、 その寮または関係者が有しているホームページにおいて、現在歌詞と楽譜あるいは曲が掲載されているもの。これらについては収録をいたしません。また、各校 の同窓会、旧制高等學校 の卒業生、継承している現在の大学が有しているホームページについても同様とします。なお、既に収録しているものであっても、新たに掲載が確認できたもの については暫時収録対象から外していきます。

 データの 入力に際して

 歌詞については全て資料に記されている字体、ルビによっています。JISコードにはない字の場合、適時その旨表示しています。譜 ですが、これも資料にあるものをそのまま入力しています。和音などは曲の印象に影響するため、指定されたもの以外入力していません。
 全く個人の判断で行っているのは、「音」「速さ」「太鼓」です。音はよっぽどピアノに統一しようかと思いましたが、それも味気ないので適時変えていま す。おおむねピアノ、バイオリン、トランペットあたりを使っています。
 速さは、実際に耳にしたものはいいのですが、中には皆目見当のつかないものもあり、これだけは主観によらざるを得ませんでした。太鼓は、この旋律ならこ う入れるだろうというもので、これも主観によっています。


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